【水曜日のダウンタウン】双子なのに真逆の人生を歩んだ2人の物語
本日の話題は 水曜日のダウンタウン で放送された「双子の人生の違い」に関する説です。
登場したのは、大阪に住む兄・牧野巧さん(73歳)と、名古屋に住む弟・杉浦文昭さん。
2人は一卵性双生児として生まれました。
■ 生後半年で引き裂かれた双子
伯父と伯母に子供がいなかったため、「一人を養子に出す」という話になり、
生後半年で兄・巧さんが養子に出されました。
しかし、その養子先の家庭は生活保護を受けるほどの貧困状態。
さらに親からの愛情も薄く、本人は「地獄のような環境だった」と語っています。
母は働かず、父は病気で働けない。
そのため巧さんは子供ながらにバイトをし、休みもなく働く日々。
当時はその親を実の親だと信じていましたが、
愛情の薄さからどこか違和感は感じていたそうです。
■ 小学5年生で知った衝撃の事実
転機は小学5年生の時。
近所のおばちゃんから突然、「養子だった」という事実を知らされます。
その瞬間、頭が真っ白に。
本人は「ゾッとした」と語っています。
実はその頃から弟とは顔を合わせていました。
ただ、あまりにも似ているため「いとこだから似てる」と思い、
双子だとは気づかなかったそうです。
仮に気づいても、2人の距離が縮まることはありませんでした。
兄から見た弟は「キラキラしている存在」。
ただただ羨ましく映っていたといいます。
■ 一方の弟は“恵まれた側”
弟・文昭さんは、幼稚園の頃から双子であることを知っていました。
理由はシンプルで「顔見たら一緒やん」と。
母からも聞かされており、兄の家庭環境が厳しいことも理解していました。
そして、こんな言葉も口にしています。
「なんで兄をそんな家に送ったんや」
■ 中学〜高校で完全に分かれた人生
中学に入ると、弟は成績トップ。
学年1位・2位を取り続ける“ガリ勉タイプ”に。
一方の兄は、周囲から
「もらう子を間違えた」
という言葉を浴びせられ、不良の道へ進んでいきます。
進学先は 京都府立伏見工業高等学校。
地元でも名の知られた存在でした。
高校では3年の番長と衝突。
名前を言っただけでシバかれるような状況でしたが、やり返します。
柔道経験もあり、何度投げても向かってくる相手と激闘。
結果は引き分け。
その後、番長に気に入られ
「この学校はお前に任す」と言われ、
高校2年で学校のトップに。
校舎内でバイクを走らせるなど、まさにヤンキー全盛の生活。
■ 弟はエリート街道へ
一方の弟は 姫路西高等学校 に進学。
兄に対して
「もっと勉強していたら、いい学校に行けたのに」
と思っていたそうです。
その後、弟は名門の 京都大学 に進学。
まさに
兄は喧嘩三昧、弟は勉強三昧。
人生は完全に別の方向へ進んでいきました。
■ 社会人になっても広がる差
兄は不動産業に就職し、その後独立。
しかし24歳の時、3000万円の借金を背負うことになります。
一方、弟は 東海銀行(現 三菱UFJ銀行)に入行。
2人の距離はさらに広がり、
ついには兄の借金問題が原因で親同士が衝突。
ここで完全に絶縁状態となってしまいます。
■ 40年の空白
そこから約40年。
2人は一切連絡を取らないまま歳月が流れました。
■ 再会のきっかけは“病気”
転機は、弟が62歳の時。
脳出血で倒れたことでした。
「自分がこの体質なら、兄も同じかもしれない」
そう思い、連絡を取ろうと決意。
しかし連絡先が分からないため、探偵に依頼して兄を探し出します。
そして一本の電話。
自分の病気のことを伝えたその瞬間――
兄は「もちろん嬉しかった」と語ります。
「感激した」と。
■ 63年越しに戻った“家族”
その電話一本で、
長年積み重なっていたわだかまりが一気にほどけたといいます。
「すべての重みが取れて、解放された気分だった」
63年という長い時間を経て、
2人は再び“家族”に戻りました。
管理人の考察・感想
やっぱり映像で見ると、二人は本当にそっくりでした。
同じ顔なのに、歩んできた人生が違うだけで、ここまで人の雰囲気って変わるんやなと感じました。
特に印象的だったのが声。
兄は低くて渋い声、弟は優しくて柔らかいおっちゃんの声。
同じ双子でも、内面がそのまま外に出てるようで、見ていて不思議な感覚でした。
それにしても、養子に出された先の親の態度はあまりにもひどい。
子供ができないから引き取ったのに、その子を働かせるって、正直言って奴隷みたいな扱いにしか見えませんでした。
あと、近所のおばさん。
なんで小学生の子供にそんな事実を伝えたんやろうって思いました。
大人ならわかるはずやのに、あの年齢で聞いたら傷つくに決まってる。
ただ、この話を見て一番感じたのは、やっぱり家庭環境の影響の大きさです。
兄は勉強とは違うところで評価されて、不良の道でのし上がり、高校では番長に。
そして24歳で会社を立ち上げて、3000万の借金を背負う。
これも人との繋がりや行動力がなければできないことやと思います。
一方で弟は、完全に勉強でのし上がったタイプ。
コツコツ努力して、京都大学という名門に進学。
今でも誰もが認めるエリートです。
もし40年も会ってない人がいたら、普通は記憶から薄れていってもおかしくない。
それでも「連絡しないと」と思えた文昭さんは、本当に優しい人やと思いました。
その後、二人で人生初のサシ飲み。
60歳を超えてから、お互いの人生を語り合えるって、なんかすごくいいなと思いました。
長い時間はかかったけど、ちゃんと家族に戻れた。
それだけで、この話には価値があると思います。
これから先、二人には穏やかで幸せな時間を過ごしてほしいと、素直に思いました。